この項ではサウンドクリエイターの制作において基本となる音響系のテクニック(特にプログラム上での再現も容易でサウンドクリエイターが比較的頻繁に使う手法)やサウンド機器を扱う際の基本についてまとめています。
- ダブリング「一人二役」
- ハース効果「ダブリングの時は気をつけないと…」
- カクテルパーティー効果「聞かせたい音の頭を上げてみたり、注目させてみる」
- ゲートリバーブ「響かせてもキレ良く」
- リバースエコー「派手に使える技」
- ダッキングとバスドラトリガー「サウンドプログラムにも重要な考え方」
- ケーブルの巻き癖が付かない八の字巻きを覚えましょう
- ヘッドホンや電源アダプターなどのケーブルを断線させない巻き方
- 3ピンについて「ステレオはアース使える?」
- インピーダンスについて「ロー出しハイ受け」
- DCオフセットの除去「中心を見失った波形の目を覚ませ!」
ダブリング「一人二役」
ダブリング効果とは、同じ音でも違う定位から再生されて少しタイミングにズレがあると二箇所で鳴っているように感じるという効果です。
これはエフェクトに頼らなくてもデータ上で再現することができますし、同じソースを使って二本に聞かせられるため、データ容量の節約にもなります。このことはサウンドプログラムの特効薬の章でも触れます。
○例えばモノラルのギタートラックを一本用意し、もう一本そのコピートラックを作ります。
上下のトラックはPANをそれぞれ左と右に最大に振っていますが、同じソースなのでもちろん今は実質モノラル(真ん中だけでしか聞こえない)状態です。
○そして上記のとおりそれぞれのトラックの定位を左右に振っている状態で、片方のトラックを少し遅らせます。
このことにより二本のギターの音が鳴っているように感じます。
○同様にステレオのソースで左右が同じ音で真ん中で鳴っている音などで、片方のチャンネルだけディレイで遅らせてやるということもできますし、もちろん波形編集ソフトで片方のチャンネルの頭に無音を挿入しても構いません。
この画像ではSoundForgeにより片方のチャンネルに無音を挿入し遅らせています。
○その他にも一本のモノラルソースを左右どちらかに振り、ディレイを使って少し遅らせた音を反対側に飛ばす、など効果を得るには様々な手段があります。
この手法はデータ上ではなく物理的にミキサーで効果を得る場合などに覚えておくと便利です。
サウンドクリエイターとして考えた場合、大切な点として元音源を違う定位で少し遅らせて再生すれば良いのですから、サウンドミドルウェアなどで効果音やボイスや音ゲーの楽器をソースを弄らずに一本の波形の容量のままに派手に聴かせることができるということです。
ハース効果「ダブリングの時は気をつけないと…」
ハース効果とは、同じ音が複数の場所から聴こえた時、先に聴こえた音の方向に定位が寄るという現象です。
これでは覚えにくいですので「何か音が鳴って、ちょっと遅れて同じ音が違う所から鳴ると後の方が小さく聴こえてしまう」と覚えましょう。
このハース効果が問題になりやすいのは先述したダブリングを行った際です。あくまで音響心理学上の効果ですのでデータ上では分かりません。
ハース効果を感じる場合は先行する音を小さくするなどして聴感上のレベルを揃えましょう。
○このシンセ音は左右の音量は同じですが若干右に寄って聴こえます。
○上記のシンセ音の右チャンネルを少し下げました。
サウンドクリエイターとして気をつけなければいけないことは「音量が同じなのに音量が違って聴こえることのある現象の一つ」ですので、「アミューズメントゲーム機などで、何らかの事情によりスピーカーの位置に差異がある場合、マスター調整を測定値だけで判断せずに耳で調整しなければならない理由の一つ」ということです。
カクテルパーティー効果「聞かせたい音の頭を上げてみたり、注目させてみる」
カクテルパーティー効果とは「人間はうるさい場所でも聞きたい音をチョイスして集中して聞ける」という効果であり、その名のとおり「カクテルパーティーみたいなうるさいところでも、人の話し声をちゃんと聞けるじゃないか」ということです。
言い方を変えれば、「人間は気になった音が大きく聞こえる」ということですから、聞かせたいボーカルや楽器ソロの冒頭をオートメーションなどで持ち上げる、またはブレイクでその音だけ残せば、その後は実際のボリュームより大きく聞こえるということです。
聞かせたい音の全体音量を無理に持ち上げる必要がありませんので、このことはミックスの際のヒントになります。
○A:この音源は13秒あたりから聴こえるヴァイオリンソロに対して何もしていません。
○B:この音源は13秒あたりから聴こえるヴァイオリンソロの冒頭をオートメーションにより持ち上げてみました。その後の音量はAと全く同じですが、流れで聞くとAより大きく聴こえます。
○C:この音源はBに加え、ベースとギターをフィルインしてみました。
効果音でも暗転してシーンが切り替わるときに先行させて聞かせる音などは目立つということです。
また、この効果のズルい使い方として「それとなく強制的に注意をうながせてから音を聞かせる」という方法があります。
(例えば3D立体音響を効果的に聴かせる際に「5時方向から敵襲です!」とか「後ろから何か来る!」などセリフで注目させる。)
逆に気をつけなければいけないことは、同じ音量でも聞く箇所によっては音量感が変わってしまうことがあるということですから、プレイバックして様子を見る際は、少し前からプレイバックする癖を身につける必要があります。
ゲートリバーブ「響かせてもキレ良く」
音楽的に使うと古臭く聞こえてしまうこともあるかもしれませんが、派手で使い易い技です。音楽ではスネア、効果音では攻撃音、打撃音などに有効です。
トラックに直接リバーブ→ノイズゲートの順番にエフェクトを挿して、原音に比較的派手なリバーブをかけ、残響音だけが切れるようにノイズゲートのスレッショルドを調整します。
これにより原音は広がりのある派手な響きでありながら、残響がないという特殊な効果を生み出せます。
○A:この音源はリバーブをかけていない状態です。
○B:この音源はAの音源のスネアにリバーブをかけている状態です。
○C:この音源はBの音源のスネアのリバーブの余韻をゲートで切っている状態です。
リバースエコー「派手に使える技」
元々はテープで音を録音していた頃の技です。
まず原音を逆再生状態にして、それにリバーブやディレイをかけ、その状態で全体をもう一度逆再生すると、原音の前に原音の残響やディレイ成分があるという、通常ではありえない状況を作り出せます。
効果音を中心に非常に応用が効き、効果も派手な技術です。
○A:この音源は何もしていない状態です。
○B:Aの音源を逆再生にしました。
○C:Bの音源にリバーブをかけました。
○D:Cの音源をもう一度逆再生しました。
リバーブだけではなく、ディレイなどでも面白い効果を生みます。
ダッキングとバスドラトリガー「サウンドプログラムにも重要な考え方」
ダッキングとはBGMやボイスが同時に鳴っているような場合において、BGMなどの音源を、ボイスなどの発音タイミングにて圧縮などにより音量を下げて避け(=ボクサーがパンチをよけるダッキングと同じ意味)聴こえやすくする技術です。
サイドチューンなどを使い、聴かせたい音源のソースの入力をトリガーにして、避けたい音源にコンプレッションなどをかけて行います。
具体的にはラジオや映画の予告編などにある、「ナレーターが話している間だけBGMが小さくなる」という効果を生み出します。
ただ音量を上げ下げしているだけでなく、コンプレッサーにより圧縮されているため、小さくても存在感がなくならないですし、独特の圧縮感があるため、この技を使った方が「それっぽく」感じますし、オートメーションを書く手間も省けます。
そしてこの「何かをトリガーにする」という考え方そのものが、ゲームサウンドの世界では必ず役に立ちます。
例えばゲームのバトルシーンなどで、「キャラクターがセリフを言っている時だけBGMのボリュームを下げてセリフを聴こえやすくする」というような場合、セリフはプレイヤーの操作に応じていつ発音されるのかが決まっていませんから、フェーダーを都度下げるようなことはできません。
そのような場合、プログラムやミドルウェアによって、このダッキングという技術を用います。
○A:この音源はBGMに対して何もしていない状態のため、ややセリフが聴こえにくいです。
○B:この音源はダッキングではなく、セリフの発音されるタイミングでBGMの音量を下げています。
○C:この音源はボイスのトラックの入力をトリガーにして、BGMをコンプレッサーで圧縮しています。Bに比べBGMが小さくなっているタイミングでも存在感が損なわれず、より自然に感じます。
サイドチューンの行えるプラグインは、Protoolsの場合、鍵のマークが表示されていますので、トリガーにする音源(この場合はボイス)をバスにプリで送り、そのバスを選択します。他のDAWの場合はそれぞれマニュアルでサイドチューンを検索してみて下さい。
また、この技術の応用で音楽的に使う方法があります。
代表的なものですと「ベースなどの音をバスドラをトリガーにして圧縮する」という方法です。
○この音源はベースに対して何もしていません。
○この音源はバスドラをトリガーにベースに対してコンプレッションをかけています。四つ打ちのバスドラをトリガーにしているため、ベースのノリが裏打ちになり、ノートでは表現できない独特のうねり感が生まれます。
ケーブルの巻き癖が付かない八の字巻きを覚えましょう
サウンドクリエイターが扱うケーブル類は、オーディオケーブルのみならずインターフェースまでのUSBケーブルやLANケーブルまで様々です。
そのケーブル類を束ねる際、普通にぐるぐる巻いただけでは巻き癖が付いてしまい、断線のリスクも上がります。
そうならないための巻き方として順巻きと逆巻きを交互にする八の字巻きという手法があります。
動画をご参考下さい。
ヘッドホンや電源アダプターなどのケーブルを断線させない巻き方
ヘッドホンや電源アダプターなどのケーブルで一番負担が掛かるのは付け根の部分です。
そのため、本体に巻きつけるようなことをしていると、付け根の部分が引っ張られ断線しやすくなってしまいます。
画像のように本体に巻きつけず、束ねてしまう方が安全です。
ただし、電源アダプターは使用中に束ねるとコイルになってしまい火事の原因にもなる非常に危険な状態になってしまいますので、あくまで未使用時の保管時の場合です。
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3ピンについて「ステレオはアース使える?」
音響機器などの話は専門用語を並べて詳しく話したりしてもキリがありませんので、クリエイター業務に直撃で関わるとこを抜粋していきます。
キャノンのケーブルを思い出して欲しいのですが、突起が3本ありますよね?
キャノンで一番代表的なのがこの3ピンのケーブルなのですが、音を電気信号で送る場合、電気なのですから本来プラスとマイナスの二本でいいはずです。
それにも関わらず、キャノンに突起が3本ある理由はプラス(ホット)、マイナス(コールド)と、アース(グランド)というのがあり、これはノイズを軽減するための措置です。
この方式を「バランス方式」と呼びます。
これで何故ノイズが減るのか?何故スピーカーケーブルはバランスケーブルではないのか?という話はここでは省きます。ギターなどのケーブルを思い出して欲しいのですが、いわゆる「シールド」と呼んでいるケーブルで、先っぽの線が一本のものはモノラルって覚えていませんか?
それはそれで正解なのですが、つまり2ピンでプラス(ホット)、マイナス(コールド)しかないケーブルということです。(正確にはグランドをコールドと兼用にしてホットとグランドの2本で信号を送っている)一方でヘッドホンのケーブルを思い出して欲しいのですが、先っぽに二本線が入ってるものはステレオと覚えていませんか?実はこれはバランス方式に使えます。
乱暴な覚え方ですが、つまりステレオのシールド(フォンケーブル)はバランス方式ができるということです。そしてオーディオインターフェイスなどにはシールドタイプの入出力でバランス方式が取れたり、ミキサーでも入出力でシールドタイプの入出力でバランス方式が使えるものがあります。その際、モノラルケーブルを使用するとバランス接続ができません。
たまに片方がキャノン、片方がシールド(フォン)のケーブルがあったりしますが、この場合「片方がキャノンでも片方がシールドの場合、ステレオのシールドじゃないとバランス方式になってない」ということを覚えておきましょう。
そしてミキサーやインターフェイスのシールド(フォン)タイプの入出力を見る時に、バランス方式が使えるか否かを確かめるようにしましょう。
使える場合は「BAL / UNBAL」というように、両方いけますよと書いてある場合が多いです。クリエイターの機材ではノイズを発生させる要因がいくつもありますので、ノイズが気になる場合はバランス接続を試してみましょう。
インピーダンスについて「ロー出しハイ受け」
インピーダンスとは「信号に対する抵抗値」で、詳しい計算方法はちゃんと物理の授業をサボらずに勉強して、電圧、電流、電力、抵抗について理解した人なら簡単にわかると思います。
「オームの法則、抵抗値=電圧÷電流」このインピーダンスが高い、低いにより何が変わるかと言いますと、
・インピーダンスが高い=効率よく信号を送れるがノイズが乗りやすい
・インピーダンスが低い=ノイズが乗りにくいが信号を送る効率が悪い
そして
・出力のインピーダンスより入力のインピーダンスが低いと、信号のロスが起こるから絶対だめ!
ということですので、音響機器では「ローで出してハイで受ける」、「ロー出しハイ受け」という決まりごとがあります。上記のことが特に問題になりやすいのは、
エレキギターやエレキベースのアウトはインピーダンスが高いので、そのままオーディオインターフェイスとかミキサーに繋いでは信号のロスが起こります。
そのような場合、何かのエフェクターやD.Iを挿してインピーダンスを下げる、またはインターフェイスなどに直接繋げられるHi-Z入力を使うなどをしなければいけない、ということを覚えておきましょう。同様に、民生機器を業務機器に繋いだり、何かを何かに繋いだという場合に「異常に音が大きい」と「異常に小さい、ノイズが乗る」というような場合は上記のことを思い出してみましょう。
DCオフセットの除去「中心を見失った波形の目を覚ませ!」
これは録音データの波形が不必要な低周波ノイズによって直流信号のノイズが乗っかってしまい、無音状態が0Vからずれてしまう状態のことです。波形データの中心が上に寄ってしまっているおかしなデータを見たことはありませんか?
これをもとに戻すにはEQでローカットを入れるか、DAWソフトや波形編集ソフトには「DCオフセットの除去」という機能があると思いますのでそれを使いましょう。
ガコン、っと波形が中心に戻ってくれます。○この音は意図的なものですが、波形の中心が疎方向(+)に寄っています。
(SoundForgeのFM音源のプリセットのレッドアラートが分かりやすいです)○DCオフセットをかけてみます。
○波形が中心に戻りました。この効果はEQでローカットを入れても得られます。波形が中心に戻った分、スタート位置が0dbではなくなったのでプチプチノイズが発生します。
これに気をつけなければならない理由は、中心からずれているということは、ダイナミックレンジが狭くなっているということですので、音圧が稼げなかったり、エフェクトの効きが悪くなったりしますし、元々が中心をずれてるので、波形の出始めにプチっとノイズが乗ったりします。
また、疎密がずれてる状態で再生するということはスピーカの疎密も片方に片寄ることになるので、ハードに負担が掛かるため問題になります(スピーカーの振動が前や後ろに偏るということです!)サウンドの業務上、特に問題になりやすいのが、声優さんのデータを預かった時などです。
気にせず作業していて、バッチ処理などによりイコライザーをかけた時にプチプチノイズが発生し始めたりすることが考えられます。
後で痛い目に合わないように、もし中心をずれてたら最初にバッチ処理にてDCオフセットの除去をかけるなどをしておきましょう。