サウンドクリエイターの論理力

この項ではサウンドクリエイターとして必要な考え方をまとめています。
制作に直結せず、つまらなく感じる部分であることは否めませんが、クリエイターである限り、必ず付きまとい、根幹になる部分です。
逆に言うとここを押さえておけば、生まれ持ったサウンドやサウンド以外の才能に影響されずに安定して仕事が行えます。


サウンドクリエイターになぜディレクション、企画、プレゼン、論理力が必要なのか?

サウンドクリエイターには必ずディレクション能力や、企画、プレゼン、論理力が必要となります。と言っても、正直こういうことの勉強をする時に嫌だと感じ、そんなことよりとにかく技術を磨きたいと思いませんでしょうか?僕もそうでした。
しかし、仕事を始めてからもっと勉強しておけばと一番後悔したのはこの部分です。

何故なら、まず第一にディレクション能力や、企画、プレゼン、論理力を鍛えると、クリエイト能力が飛躍的に向上します。
それは勉強の効率や作業効率、センスを磨く効率に直結するからです。
そのため目の前の課題に追われてひたすら作品を作り続けるよりも、自分にとって何が必要か?その課題をどの様に分析して論理的に解決するかなどを考える方が、遥かに自分の能力を効率的に向上できます。

次に僕達の仕事はやっていることは特殊でもサラリーマンだからです。
「協力して会社の目的(売れる作品を作り利益を上げる)を達成する」
ということのために仕事をしなければなりませんから、自分の役割を的確に判断し、目的を達成するために問題が生じた場合、それを解決するための能力が必要です。

例えば僕はどんなに努力して練習しても100メートルを9秒じゃ走れるようになりません。そのことには向いてないからです。でも会社の目標が「自社がスポンサーをしている選手がオリンピック短距離で金メダルを取ること」なら自分の役割やできることは何になるでしょうか?

同様に、僕は世界に通用する壮大な交響曲なんて今からどんなに努力しても書けるようにはならないと思います。しかし、例えば会社の作っているゲームに壮大な交響曲が必要で、それを完成させるにはサウンド担当として自分の役割は何でしょうか?

企画の意見を聞き必要な曲の特徴を捉え、予算と納期の中で作曲に適した人(社内にいなければ協力会社)に頼み、そのディレクションを適正に行わなければいけません。
このように自分だけでは処理しきれない案件や誰かとやり取りをする場合は、クリティカルにディレクション能力は関わってきます。

そして、制作技術は日々進歩し、今まで通用していた技術が全く通用しなくなることも多々あります。
極端な例えですがマトリックスや攻殻機動隊の世界みたいにプラグを体に挿せば、思っただけで作曲ができるようになったら、今僕達がやってることはまるっきり通用しなくなりますよね?
そんな時にでもどの様に仕事をするか?目的に対してどう行動するかといった仕事の論理力や企画、プレゼン、ディレクション能力は、時代に流されない普遍的能力として役に立ちますし、プロとしての一番の武器になり得ます。

こういうサラリーマンとしての能力がクリエイト能力に結びつくことは、上手く回り始めると凄く楽しいです。ましてやそれを仲間と共有し同じ目的に向かって頑張れるのですから、サラリーマンって素敵な仕事ですよ。

以上の理由から、一度どっしり腰を据えて、まず書店などでビジネス書のコーナーなどに行ってみることをお勧め致します。


物差しと多数決、才能とセンスと努力。定番と最新を学び続けるということ。

ディレクションや制作能力に密接に関わる部分ですが、そもそもセンスとはなんでしょうか?
それは「その時代に多数決で多くの人に支持されるものを作る能力」です。
それを狙って持つためには「その時代に多数決で指示される基準」や「今までの時代に支持されてきたもの」を学び、自分の中に「センスの物差し」を作ることが重要です。

また、それは会社の目的に応えられるよう、対応力を付けるために幅広いジャンルにまたがっていなくてはいけません。
ですからよく先輩や先生に最新の作品を沢山見なさい、ジャンルに関わらず良いと言われる定番の作品を見なさい、と言われるのにはそこに理由があります。

世の中にはそれと関係なしにとんでもない作品を作り上げる人がいますが、それはひとえに才能です。ただそれはクリエイターにおいては博打に近かったり、時代に流され易いものでもあります(その中でも本当に凄い人はいますが、それは向き不向きというものです)

アンテナを広げて、正しい努力をすればクリエイターとしてセンスが良いと言われる作品は必ず作れます。
才能とセンスを混同してはいけません。前者は主に他人が判断することで自分では言い訳にしか使えませんが、後者は自分の努力で必ず勝ち取れるものだからです。

そしてこの考え方をしていると「他人の才能に嫉妬しない」という利点もあります。
惑わされずに躓かずに安定してプロであるのにそれも大切なことです。


目の前の山を崩さないこと

このカテゴリの初めにも述べましたが、サウンドは制作が終盤に近くなることが多く、期間や予算や容量を削られることも多いです。
その際一番やってはいけないことは「とにかく目の前の山(仕事)を根を詰めてやる」ということです。
追い詰められている時にがむしゃらに「自分は目の前の仕事をこんなに頑張って制作してる!」という状態になることは安心感にはなりますが、その癖があると、いつかプロとして、または人間として崩壊してしまいますし、非効率でもあります。

スケジュールが押すのは仕方ないですから、画像やプログラムチームがどういう状況で、今何をどうすれば効率よく納期に向かって連携して制作が行えるか、必ずスケジューリングとプライオリティをつけていきましょう。とにかくパニックになってはいけません。
絵やプログラムがないと基本的にサウンドは制作できませんから、サウンドは制作の殿が多いですので社内にて「サウンドの人が一番全体スケジュール把握してる」と思われるくらいが正しいです。

またスケジューリングだけではなく「単純作業の繰り返し(例:波形編集やボイス処理、リスト変更、リネーム)」のような時に焦って「とにかく時間かけてやる!」とならずに、そもそもバッチ処理やプログラムでできないか?ツールの開発者に専用ツールを提供して貰えないか?などを考えることも大切です。
人間がデータ上において単純作業でできることの多くはコンピューターにもできるはずです。


音は(ほぼ)必ず最後は空気の振動であるということ。

これは意外と忘れがちなことですが大切です。
音や音楽はプラットフォームやジャンルに関わらずほぼ最後は空気の振動でユーザーに伝わります(シンクロの選手がプールの中で聞くなど特殊な場合でない限り)。

これはどういうことかというと、どんなゲーム機であろうが、どんなスピーカーであろうが、どんな機器で再生していようが、どんな高級な機材で録音していようが、どんな貴重な楽器で演奏していようが、どんな下手な人間が演奏していようが、どんなに音質を泣く泣く容量や仕様のために削っていようが、ソフト音源を使っていようが、ハード音源使っていようが、作ったときに泣いていようが笑っていようが、必ず、「最後は空気の振動」なんです。
このことは忘れがちですが、決して忘れてはいけないことで、制作現場の考え方として大きなヒントになり得ます。


情熱だけでは何もできないが、情熱がないと何もできない。

最後は完全に精神論ですし、ここまで色々書いておいて最後にこういうのも難ですが、それでもやっぱり僕達はクリエイターです。
社会人として冷静に分析しながら働くことは必要ですが、それも根源は自分のモノ作りへの情熱から始まっているんだということを忘れずにいるべきです。
どんなに論理的にいても、どんなに効率を求めても、やっぱり最後は大切な守らなければならない譲れない部分もあります。

「どうせ聞こえないと思うしこれくらいのノイズはまあいっか」
「この曲はそんなに大事なシーンじゃないしまあこのくらいのアレンジでいいか」
「ここの効果音はあのシーンの使いまわしでもバレないか」
「自分ではもうちょっとできそうだけど、OK出てるしまあいいか」

もちろん作品の進行や、会社やチームにとって不必要すぎることや、ましてや一番大切なのは自分の幸せや命ですから、それを無視してしまっては大問題ですが、そうではない部分で、こういうこと思ってしまったらいけません。
自分が子供の頃に感動した音や音楽や映画やアニメやゲームを作ってた人はとことんやってたはずです。
今度は僕達がそれを作るのですから。

藤原章人(ZeeF)
株式会社アットチュード 代表取締役/マニピュレーター/サウンドクリエイター/ BGM、効果音、音声組み込み、音声ROM管理、ミキシング、音声ディレクション担当。 北海道美深町生まれ、兵庫県西宮市出身。 報徳学園高等学校卒業後、バンド活動を経て2000年からサウンドクリエイターとして活動開始。 パナソニックシステムソリューションズ社のゲームコンテンツ(ゴルフやり隊、馬リオンなど2003年以降の全タイトル)のBGM、SE、サウンドプログラム制作を行いながら、 関西の複数のメーカーのコンシューマーゲーム、遊技機のサウンド制作に携わる。 関東に拠点を移してからはロックバンドのメンバーとしてマニピュレーターを担当し、多くの大規模会場にて公演を行いつつ、クリエイターとして複数の会社と数多くのアミューズメントやゲームサウンド制作、コナミ人材養成所での非常勤講師などを行う。 一般社団法人 日本シンセサイザープロフェッショナルアーツ正会員。